読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

~戯語感覚~

文学、思想、そしてあるいはその他諸々

柄谷行人『世界史の構造』を読んだ ー(6)

 ミニ世界システムで交換様式A(互酬)を、国家で交換様式B(略取と再分配)を、世界貨幣では交換様式C(商品交換)を見てきた。ここでは普遍宗教(交換様式D)について書く。交換様式Dは現在まで支配的になったことは無いが、その理念は現実社会に影響を与え続けてきた。

  

 (ⅰ)宗教と交換 

 

 ニーチェウェーバーは、道徳や宗教が交換にもとづいていることを見抜いていた。例えばニーチェは、負い目という道徳感覚が「負債という極めて物質的な概念」に由来してると考えた。又、ウェーバーは呪術や祈りには人間の贈与と神からの返礼(「与えられんがために,われ与う」)という交換関係が成り立つと考えていた。

 しかし、ニーチェウェーバーもナイーブすぎると柄谷は批判する。ニーチェは商品交換における債務と、互酬における債務を混同している、後者からは負い目という債務感情が生まれるが、前者には実際的に法律上の「債務」が生じるため、逆に債務感情が生まれなくなる。人間関係は極めてビジネスライクなものとなるからだ。

 ウェーバーも呪術と救済宗教における「祈り」の違いに注意を払っていないと批判する。この違いが理解できないと氏族共同体から国家への転化のプロセスが追えなくなるのだ。宗教には人間を内面から支配するという大事な役割がある。

 呪術は互酬にもとづいている。それは社会に強力な平等への誘引力をもたらす。一方、「祈り」は自分とは明らかに違いのあるもの(超越者)に対してなされる。祈りには「平等主義」的な要素は無いのである。

 都市国家・共同体から広域国家・帝国へと成長していくプロセスは、宗教の面から見れば共同体のローカルな神々が淘汰されて、帝国の超越的な神(世界神ともいう)へと成りあがっていくプロセスでもある。都市間戦争によって敗者の神は捨てられるか、勝者の神の下位の神にランク付けされて生き続けるかのどちらかである。端的に「世界帝国への進行は、つねにまた世界神への進行である。」ニーチェ

 

 帝国の領域内では、国家の保護・監督の下、商業が活発になる。それは同時に貨幣の流通を拡大させる。貨幣経済の浸透は、旧来の平等主義的だった共同体を解体する。又、貨幣の力は、呪術師の呪力や国家の武力に代わって、賃金による自発的「契約」で人を動員することを可能ならしめる。人々は共同体の桎梏から解き放たれ、以前より自由な「個人」となる。しかし、いいことばかりではない。貨幣は人々の間に貧富の差という問題をひきおこすようになる。共同体を支配していた互酬原理はもはや、昔日の力を持ってはいない。

 ここに普遍宗教が始まる一つの要因がある。互酬が機能せず、国家による再分配が追いつけなくなった貨幣の力に対して、普遍宗教が機能しだすのだ。すなわち、商品交換が支配的な社会において、互酬を回復させようとする働きがおこる。それは共同体を前提とはせず、バラバラの個人になった人々のあいだに新たな関係を築こうとすることなのだ。

 

 (ⅱ)預言者とユダヤ教 

 

 前段で国家の盛衰は、神々の盛衰と歩を同じくすると書いたが、しかしある時、「国家の栄華には何の関心を持たない神」という画期的な神の観念が生まれた。それは、イスラエル人の国家がソロモン王の死後、南北に分裂し、南のユダ王国が新バビロニアによって滅亡させられ、王国の支配者層・知識階層がバビロニアの都市へ連行されていった「バビロン捕囚」の後の時代のことである。

 カナンの地に残された人々が旧来の神を捨ててしまったのに対して、捕囚された人々の一部には「モーセの神」という、国家の滅亡にもかかわらず廃棄されない神観念が生まれたという。彼らは、国家の敗北を神の敗北ではなく、人々が神を捨てたことへの神の懲罰として解釈した。この時、宗教は脱呪術化されたと柄谷は言う。

 ソロモンの死後、預言者が出現した。ここでいう預言者は倫理的預言者のことである。預言者は当時のエリートかつ支配者階層である祭司たちへの批判者として現れた。預言者はエリートに属さない人々だが、個人的カリスマ性を備えていた。

 祭司たちは帝国の神(世界神)に祈りを捧げるのわけだが、預言者たちはそのような神を信仰しない。彼らが信じたのは国家とは関係のない神だった。そしてそれは普遍宗教と呼ばれる(国家を超えているため)。

 ユダヤ人はそもそも国家を喪失していたので、国を守る神は意味をなさない。彼らは世界のどこにいても、どの国に属していても信仰できる神を創出した。それがユダヤ教である。ユダヤ教はユダヤ民族が選んだ宗教ではなく、逆に、ユダヤ教がユダヤ民族を創り出したのである。』(P214)

 

 (ⅲ)キリスト教と異端

 

 パウロユダヤ教から律法や割礼などのユダヤ的なものを取り除いて、キリスト教を作り上げた。その努力によってキリスト教は、パレスチナの地を遥かに越えてローマ帝国内へと拡がっていった。しかしこの時、そもそも普遍宗教として生まれたはずのキリスト教が、ローマという国家によって絡み取られてしまい、帝国の宗教(世界神)へと逆戻りさせられてしまった。教団もまた、教会というハイアラーキーな組織を作り、この地上に建設されるはずだった「神の国」も天上化されてしまう。

 同様のことがイスラム教でも起こったと柄谷は言う。ムハンマドがめざした互酬性の回復は、国家によって横取りされ、カリフ制が生まれた、と。

 普遍宗教が活力を取り戻すのは、貨幣経済と都市が発達した一二世紀のころだと柄谷は主張する。それは「異端」と呼ばれた一派、ワルド派やカタリ派などの運動によって知られるが、それらの異端宗派はいづれも国家や教会によって、弾圧・殲滅されてしまった。

『普遍宗教によって開示された交換様式Dは、しばしば異端的な宗派の運動というかたちをとって、現実の社会運動として現れる。』(P225)

 交換様式Dは、現在までどの社会構成体においても決して支配的でなかったが、その理念を通じて現実の世俗法に影響を与えてきたので、無視することはできないのである。

 

                             次回につづく