~戯語感覚~

文学、思想、そしてあるいはその他諸々

柄谷行人『世界史の構造』を読んだ ー(5)

今回は、前回「世界貨幣」の続きです。

 

 Ⅲ:貨幣から資本へ 

 

 商品世界の社会契約によって、一つの商品が一般的等価物として浮上してくる。それは歴史的な経緯として金や銀などの貴金属に固定され、貨幣形態を完成させる。

 こうして誕生した貨幣は、商品交換にまつわるそれまでの困難を取り除くこととなる。しかしこのことは貨幣を持つ者と、商品しか持たない者の間に著しい非対称性をもたらす。『商品は売れるかどうかわからないし、しかも売れないならば価値がない。しかるに、貨幣を持つ者はいつでも商品と交換できる。すなわち、直接交換可能性の権利がある。貨幣をもつことは、いつでもどこでもいかなるものとも直接的に交換しうるという「社会的質権」をもつことなのである。』(P140)

 貨幣と商品の非対称性は、それを所有する人々の関係に投影される。貨幣を持つ者は、自分の好きな商品を買う(貨幣と交換する)ことが可能だが、商品を持つ者はそうはいかない。議論を先取りするならば、産業社会において「労働力」という商品しか持たない者が貨幣所有者に支配されるのは、この非対称性が原因なのである!。

 貨幣がこのような「」をもつこと、その「」を蓄積しようとすること、それが資本の起源であると柄谷は言う。

『だが、いったん貨幣が成立すると、ある転倒が生じる。貨幣がもはやたんなる商品交換の手段ではなく、商品といつでも交換できる「力」である以上、貨幣を求め蓄積しようとする欲望とそのための活動が生じるのだ。それが資本の起源なのだ。』(P141)

 この蓄積の仕方には2種類ある、「守銭奴」と「資本家」である。前者は質権を蓄積するために、使用価値を断念し、ひたすら貨幣を退蔵する。あたかも貨幣を神と崇める宗教信者のごとくに。一方、後者は前者よりも合理的である。彼は手にした貨幣を退蔵することなく再び流通過程へと投入する、つまり商品を買ってそれを売るというリスクをあえて犯す〈M(貨幣)→C(商品)→M'(貨幣)〉。M→C(買うこと)は簡単だが、C→M'(売ること)は難しい。商品が売れることの困難さを、マルクスは「命がけの飛躍」と形容している。

 この命がけの行為のリスクを和らげるのが「信用」である。実際売れていなくても、将来売れるだろうということを先取りして、後に決済する仕組みを考えたのだ。この信用制度が資本運動の回転を加速し永続化するである。

 「信用」という概念は取引当事者の共同性の観念に支えられている。それは贈与が返礼を強制するように、互酬の原理が信用の起源にあり、国家がその不履行を罰することにより信用はより強固なものとなる。このように信用には、交換様式A、Bが深く関わっているのである。

 貨幣と信用によって、商品交換は空間と時間を越えるようになる。空間の拡大は商人の活躍を可能にし、商人資本を生みだす。時間の拡大は高利貸し資本を生み出す。将来儲かることが確実ならば、金を借りてでも投資するからだ。そこに利子生み資本(M→M')が発生する。

 

 ⅳ:資本と国家

 

 商人があげる利益は「安く買って高く売る」ことによって得られる。しかしこれは不当な利得ではないと柄谷は言う。商人たちは現地(インド、中国)の価値体系内の適正な価格で仕入れ、ヨーロッパの価値体系内の適正な価格で売る。各々の価値体系内では、ちゃんと等価交換されていると。ただ遠隔地ゆえ、航海の危険や売れないリスクが価格に上乗せされているだけであり、それらは決してアンフェアーでなく正当な報酬であると述べている。

 ここで再び国家の役割が重視される。実際、遠隔地交易ができるのは軍事力をもつ国家しかない。「国家の軍事力なしには遠隔地交易はありえない。むろん、商団自体が武装すれば可能であるが、その場合、それはすでに小国家である。」(p148)

 また国家は交易による利益を独占するために、私的な交易を禁止したり、税を取り立てて管理下におこうとする。そればかりか、私的な交易や投資によって利益を上げる商人や金貸しは蔑視され、「不正義」という道徳的な非難を浴びるようになる。

 一方、古代ギリシアには国家・官僚による交易や市場の管理がなく、市場によって価格が調節されていた。官僚ではなく市場に価格決定をまかせていたことがギリシアに民主制をもたらした、とポランニーは考えた。しかしその民主制は部分的なものであって、支配的なものではなかった。ギリシアには戦士=農民というエートスが強くあって、商業は外国人や寄留外国人が担っていた。ギリシア人自体は商工業を軽蔑していたからである。

 

 まとめ

 

1:商品交換は国家によって支えられるが、同時に、商品交換が生み出した「貨幣の力」によって国家を支える。

2:「主権者」と「貨幣」は同じような社会契約的プロセスによって確立された。

3:貨幣と商品には非対称性があり、その非対称性は所有者の社会的関係に直接影響する。

4:貨幣と信用によって、商品交換は時間的・空間的に拡大される。 

 

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