~戯語感覚~

文学、思想、そしてあるいはその他諸々

柄谷行人『世界史の構造』を読んだ ー(1)

 

『世界史の構造』はこれまでの柄谷行人著作の中で、私にとって一番読み易かった。若い頃、すなわち文芸評論家と称していた時分の柄谷の文章は韜晦めいて非常に分かりにくかった。その理由は柄谷が、自分の考えを直接書くのではなく、テクストに語らせようとしていたことにある。 それに対して『世界史の構造』は、《哲学者》として自分の思想を直接的(テクストに縛られず)に、明晰に、かつ体系的に書かれてあるので、比較的厚い本であるにもかかわらず、理解しやすかった。

 

  

 この本の内容を一文でまとめるならば、現代社会は、資本=ネーション=国家が一体となった精緻なシステムによって支配されているので、それを超えるためには世界共和国を実現しなければならない。」というものになるだろう。これだけでは何か凡庸で、月並みな、往時の革命志願者の戯言と見えるだろう。確かにそうだと私も思う所があるが、その結論へと至るプロセスがなかなかスリリングでおもしろいのである。ただ感想を書くだけではもったいない細部を持った本なので、何回かに分けて内容を紹介していきたいと思う。

 

 (1)交換様式論 

 柄谷は社会構成体の変遷を、支配的な交換様式の交代劇としてとらえている。なぜ交換様式なのか? マルクス史的唯物論は世界史を「生産力」と「生産諸関係」の矛盾とその止揚とみなした。すなわち「生産」の観点から歴史を解釈したのである。この観点を柄谷は問題視した。「生産」から見る限り原始的な社会構成体の現象、「共同寄託」や「互酬」を説明できないと。それらは生産以前の現象であって、それを事後的に「家庭的生産様式」などといって説明しようとするのは、資本制社会の概念を無理やり原始の時代に投射するもだと批判した。また「生産力」と「生産諸関係」という観点は、「下部構造」による「上部構造」の決定という図式を伴う。経済という土台が、政治、法、思想などの上部構造を拘束しているという例の公式である。この図式も、国家(という上部構造)が、単なる受動的な存在だと思わせてしまうので明瞭に誤りだと指摘している。(もちろん柄谷は、マルクスの誤謬を指弾するだけではなく、資本主義経済の仕組みを暴くためにいったん国家を括弧にいれただけだと擁護することも忘れてはいない。)国家は社会主義共産主義革命が達成されれば自動的に解消するような受動的な存在者でなく、それ自身の働きを持つ能動的な主体であると柄谷は考えているのだ。

 以上の理由によって、「生産」概念よりも「交換」による方が分析に適しているのだとする。交換は、原始時代も通用するし、それは「政治」や「道徳」までも説明可能だと。

 「交換」は「力」を生成する。例えば「贈与」である。贈与は贈られた方に、「返礼」の圧力を生み出す。卑近な例では、メールをもらうと返信しなければと思ってしまう。これは交換が力と関係してるからである。交換が生み出す力にはいくつかの種類がある。それは「掟」「国家の法」「貨幣の力」「神の法」の4種類である。それぞれは交換の種類に対応している。以下わかりやすくするために表にしておく。

交換様式A

   互酬

    掟

 氏族社会

交換様式B

  略奪と再分配

   国家の法

 世界=帝国

交換様式C

  商品交換

   貨幣の力

 世界=経済

交換様式D

    X

   神の法

 世界共和国

 

 (表中Xは商品交換が支配的な社会で互酬を想像的に回復させたものである。)

 世界=帝国とはアジア的専制国家、古典古代国家、封建国家をひっくるめたもの。

 世界=経済は資本主義的国家のことである。

 この表を見るときに注意しなければならないことが3点ある。

1:これは時系列的に見られてはならない。Aが古くCが新しいと見てはならない。

2:地理的な限定を無視しなければならない。アジア専制国家と言えば、例えばペルシャ帝国、漢などを思い浮かべるかもしれないが、それはアメリカ大陸にもロシアにもアフリカにさえもあった。

3:交換様式Dはいまだかつて実現化されたことがない様式である。よって世界共和国なるものも存在したことがない。

 

 それから一番大事な注意点だが、これらの交換様式は互いを排除しない。複数の交換様式が同時に並存する。しかし支配的な交換様式がその時代を最も特徴づけるのである。

 近代社会において「互酬」は「ネーション(国民)」が、「略奪と再分配」は「国家」が、「商品交換」は「資本」が担っている。よって《資本=ネーション=国家》の三位一体を分析しなければならないと、柄谷は主張するのである。 

                                          

                                                                                  次回につづく